水の滴る音がする。
ぴしゃり、ぴしゃっ。
微かな音は、人間の耳ではきっと捉えられない。
水の滴る音がする。
ぴしゃり。
風に混じる鉄錆の臭い。誰かの喚き声。--分からない。
彼らが何を言っているのか、分からない。
水の滴る音がする。
びしゃり、びしゃっ。
……ああ、これは水の音ではないのだ。
彼女はようやくそれを悟った。
滴り、流れていくもの。
それは真っ赤な血なのだ。噴出した鮮血が、狭苦しく薄暗いこの塔の一室に、黒く血だまりを作っている。
それが自分の血なのか、或いは’彼ら’の血なのか。
彼女には分からない。
もう思考する力すら残されていないのかもしれなかった。
傷の上に傷を重ね、幾度となく殺されては、再び蘇ってさらなる蹂躙を味わう苦痛。
その苦痛を苦痛だと感じなくなる頃には、彼女は自らが「何であるのか」すら忘れていた。
びしゃり、びしゃっ。
水の、滴る音がする。
「…ネ、フィネッ」
焦った声が私を呼ぶ。肩をゆり起す人が見える。
ぼやけた視界、見知らぬ天井、逆光で顔が見えないその人。
――ひと。
次の瞬間、部屋に痛々しい音が響いた。
ベッドの隅で震えるフィネと、振り払われた手に茫然とするサイ。
自らが何をしたのか、やっと思い至ってフィネは慌てた。
「あ……、ごめ、ごめん…」
今すぐ訂正したい。サイに触れられた事が嫌だったわけじゃない。まして、彼が怖いわけでもないと。
なのに体の震えが止まらない。両腕をこすれば、今も残る傷跡の凹凸を感じる。
「……いや、いいよ」
しばらく黙って自分の手を見つめていたサイが、呟く。
その手を硬く握り締めた。
「気にしてない」
踵を返して、窓の外を見た。
「…今日は雨だ」
フィネは膝を抱え、きつく体を抱きしめた。
「うん………うん」
せめて、この震えが収まるように。
風雨の日
(削り取られていく心と、やせ細った体)

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