風はどこから吹くのだろう。心はどこから生まれるのだろう。
私はどうして旅しているのだろう。どうしてひとと違うのだろう。
知らない。
フィネは、何も知らない。
穏やかな眠りから覚めて、フィネはそろりとベッドを抜け出た。何か遠い昔の夢を見ていた気がする。目をこすってソファをみると、そこで眠っていたはずの彼女の主人はもういなかった。いつものことだ。洗面台の鏡の前に立つと、ふわふわと広がる髪が好き放題に跳ねているのが映る。強引にブラシを通すが髪が引っ掛かって上手くいかない。苛立って乱暴にすれば痛みが走って、青い瞳にうっすらと涙が滲む。
「何やってんの」
「…サイ」
やはり先に起きていたらしい。洗面所を覗いた少年は、フィネの有様を見て状況を察したらしく、気だるそうに溜息を吐いた。
「貸して」
大人しくブラシを渡すと、椅子に座るように顎で示された。それにも素直に従う。フィネは元々そういうふうに調錬されている。サイの白い腕は器用に髪をとかしていく。鏡に映るその所作を見つめながら、フィネは「お母さんがいたらこんなふうかしら」と思った。言うと怒られるので、口には出さないが。
旅を始める前から、サイはこんな風に優しかった。それは、テイマーが自らのペットに対する接し方にしては甘すぎるような気がした。断定できないのは、他のテイマーとペットがどんな風なのか、フィネにはよく分からないからだ。時々すれ違うテイマーたちは皆誇らしげにケルビーに乗っていて、その後ろを必死に追いかける二対のペットたちを、大変そうだなぁ、と思ったり、立ち寄った商店で噂話に聞くぐらいで。
(私が珍しいペットだからかしら)
思考はとめどなく、そしてとりとめもない。
鏡に映るサイとフィネ。二人が異なる存在であることは一目見れば分かる。フィネの耳は人間のそれではなく、どちらかといえば耳を垂らしたうさぎに近い。フィネは人に近い姿をした変異ファミリアだった。
どうしてこんな姿なのか、フィネは知らない。サイがフィネ一人だけ連れて歩く理由や、この旅の目的すらフィネは知らない。聞いてみても聞こえなかったフリをされるか、邪険に扱われるかで、一度しつこく尋ねて怒られてからフィネはもうそれを訊くのをやめたのだった。目が覚めた時には、フィネはもう変異ファミリアで、人の姿をしていて、前からそうだったのか、そうでなかったのか、自分が誰なのかも分からないまま、ずっと二人で旅をしている。フィネにはその事実しかない。
「終わり」
はたと、その声で彼女は我に返った。気が付けば耳の上でリボンまで結んである。新しく買ってもらった、綺麗な赤いリボンだ。
「…へへ」
嬉しくなって笑みがこぼれる。何度もリボンを触っていると軽く頭を叩かれた。
「ほどけるでしょ。いいからさっさと準備して」
「はぁい」
ぱたぱたと走る。大急ぎで着替えを済ませた頃には、彼女の主人はもう宿の外に出ていたので、槍を掴んで慌てて追いかける。
シュトラセトの朝は少し寒く、外にはうっすらと霧が出ていた。使い込まれたその槍を握り、サイの背中を追いかける。
霧の朝
(私の記憶も、霧の向こうに霞んでぼんやりとしている)

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